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オイスイがネットビジネスで独立起業・脱会社依存するまでの経緯

オイスイです。

 

ここでは僕オイスイがネットビジネス専業で脱会社依存するまでの経緯を深掘りしてお話します。

オイスイのプロフィール&このブログについてはじめましてのオイスイです。プロフィールをご覧いただきありがとうございます。 ネットビジネスで収入を得ている個人事業経営者...

プロフィールでも触れているように現在愛知県の地方都市でネットビジネスをして生活しています。

 

両親とも戦後の貧乏時代を経験しており「節約・もったいない」の価値観のなかで育ちましたからね。遺伝したのか贅沢な生活がしたいという考えはまったくありません。

 

また、ネットビジネスで成功している人たちのプロフィールをみると

  • 貧乏な家庭で育った
  • 借金で苦労した
  • 両親が離婚して寂しい幼少期を過ごした

といったエピソードが多いのですが、僕はごく平凡な家庭に生まれて育ちました。父親は会社員で母親は専業主婦という昭和時代の価値観に沿った家庭で育っています。

 

とくに不自由を感じたことはないのですが、高校が私立で社長の息子みたいな生徒が多かったため、多少お金にコンプレックスはありましたけどね。

 

そんな両親のもとで育っているので、大学を卒業して会社に就職して定年退職まで働いて余生を過ごすという価値観が自分にも自然と身についていました。

世にいう「型にはまった流される生き方」というやつです。

 

また長男だったこともあって親の教えから「親の期待に応えないといけない、喜ばせないとけいない、安心させないといけない」みたいな感覚も自然と身についていたように思えます。

 

だからクソ真面目な学生生活をおくり、大学までは浪人や留年することなく新卒で地元のIT企業へ入社することができました。大学が情報系だったのでIT企業への就職は自然な流れです。

 

本当に振り返れば型にはまった流された生き方そのものでした。成績が特別優秀だったというわけではありませんが、見本のような生き方はしていたのではないでしょうか。

 

昭和の価値観に沿った生き方をしている僕の姿を見て両親は安心していましたよ。これま「自分より他人の期待に応えること優先」という生き方。自分に主導権のない人生です。

 

ここまでは「敷かれたレールの上を生きる」がピッタリの人生でした。そんな僕が親や世間に逆らい模範となる生き方を捨ててネットビジネスで独立起業・脱会社依存を目指すことになったのか?

リーマンショックで会社の経営が傾く(定年まで働けない可能性に気づく)

僕が会社に入社したのは2008年で、この年に世界経済を揺るがす大事件が起こります。アメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズの経営破綻「リーマンショック」です。

 

僕の勤めていた会社は某大手企業の下請けだったこともあり、リーマンショックの影響が元請けの会社に影響を与えて末端の下請け企業にしわ寄せがきました。

 

リーマンショック直後はある程度仕事が決まっていたのでなんともなかったのですが、それらの仕事が終了する2009年になると仕事が途絶えはじめ経営危機に陥ったわけです。

 

僕は大手の下請けなので大丈夫だろうと思って就職したのですが、入社2年目で倒産の危機を目の当たりにするとは予想していませんでした。

 

会社が倒産したら定年退職まで働けない

 

日本では終身雇用のように定年まで働くことが美徳とされています。会社に入社するときも「定年まで頑張ります」と誓いました。リーマンショックの煽りを受けて早くもその前提が崩れたわけです。

日本には雇用調整助成金という制度があり、仕事がない期間は研修を受けることで国から助成金を受け取ることができるようになっています。

 

リーマンショックの余波は助成金を受けることができたので、最終的に会社倒産の危機を回避することができました。

 

リーマンショックからの回復も手伝ってとりあえず会社は存続することができ、一時的に業績も回復してボーナスが出るところまで持ち直したのですが…

東日本大震災の追撃で会社存続の危機(ついに仕事が途絶える)

リーマンショックによる不況から立ち直ることができた矢先に2度目の経営を大きく揺るがす出来事が起こります。東日本大震災の発生です。

 

僕の会社は愛知県名古屋市所在だったので直接的に東日本大震災の影響を受けたわけではないのですが、元請けが大企業で全国的に展開していることからシステム開発の受注がストップすることになりました。

 

しかも、ホテルなど宿泊施設に納品するシステム開発をしていたため、東日本大震災が直接影響を与える分野です。予定されていた案件は無期限延期となり、最終的に仕事が途絶えることになりました。

 

このときも雇用調整助成金に東日本大震災関連の新たな特例が追加され受給金額が増えることになり、東日本大震災の影響で倒産するという事態は避けられたわけですが

 

仕事を受注できないという状況に変わりありません!

 

雇用調整助成金は休業日数に応じて支払われるため、会社の上層部と一部の社員を除いて全員休業扱いとして、休業期間は研修及び自宅待機となりました。

 

雇用は守られていたのですが、会社としては経営状況が改善を目指していく必要があります。会社は「生き残るためには手段選ばず」状態になっていきました。

 

僕の所属していた部署の上司は経営悪化を理由に係長から平社員への降格を命じられました。定年も近かったこともあり上司は即日退職してしまいます。社内環境は滅茶苦茶です。

 

社内環境の滅茶苦茶さに嫌気がさしていたのは上司だけでなく他の社員も同様で、当時は月1ペースで退職者が出る異常な状態になっていました。

 

人が辞めれば人件費が削減できますので経営悪化を防ぐことはできますが、今度は仕事に割り当てる人員が不足する問題がでてくるわけです。当然ですが人手不足を理由にひとりあたりの負担が増えることになります。

 

僕も経験したことのない仕事を突如押しつけられてストレスから軽度のうつ病にもなり心療内科に通う状態にまで陥ることになりました。僕オイスイにとって最悪の1年となったのが2011年です。

 

さすがに僕も「会社に依存するとこうなるのか」と入社3年程度ながら思いました。頑張ればどうにかなるという状況ではありませんでしたからね。

 

終身雇用みたいに定年退職まで働ける人はごく一部なんだと知ることになったわけです。「むしろ転職するのが普通なのでは?」とさえ思えました。

会社が受注生産が技術者派遣型にシフト(遠方に派遣された)

2012年になり社内環境はさらに劣悪な状態へとなっていきます。IT企業エンジニアとしての働き方にはいろいろあるのですが、

  • 受注して社内でシステム開発する(受注生産型)
  • 技術者を派遣して客先でシステム開発・運用する(技術者派遣型)

大きく分けると2種類です。

 

僕の勤めていた会社は下請けなので「受注して社内でシステム開発する」側だったのですが、元請けから仕事が降りてこないので「技術者を派遣して客先でシステム開発する」がメインにシフトしていきました。

 

下請けなので「受注して社内でシステム開発するのが強み」という前提で入社したので、当然ながら「話が違う!」となったわけです。

 

経営の危機なので仕事を選んでいられない都合もわかりますが、IT業界の闇の部分が見えてきたと思いました。

 

僕も例に漏れず技術者派遣の対象となり片道2時間の通勤を強いられる場所に派遣されるなど会社に振り回される毎日を経験します。しかも多重派遣だったので完全に違法です。

 

このまま続けていたら次はどうなるかわからない…

 

「これからはITの時代」といわれて希望を持って入った世界ですが、現実を知ってから失望して将来の自分の心配ばかりするようになっていましたね。

 

ここまできたら定年退職まで働くという価値観は消え失せて、転職することばかりを考える毎日を過ごしました。

入社時から一緒に仕事をしていた先輩の退職したので自分も退職(自分も同じように重圧に潰されるだろうと危機感)

会社に振り回される状況に嫌気がさして僕は退職を決意して実行するのですが、そのきっかけとなったのが新入社員のときから一緒に仕事をしていた先輩が突然の退職でした。

 

その先輩はひとまわりくらい年上だったんですけど、ほとんど僕と変わらない新人の状態でした。

 

入社当時仕事がなかったこともあり、すぐに技術者派遣として外部に常駐するようになったそうです。僕が入社したときに外注先から社内に戻ってきて社内の仕事をはじめたので、僕と変わらない新人の状態だったということです。

 

それでも社会経験はありますので、社会のことを教えてもらいながら仕事をしていたわけです。

 

入社してから3年くらいは一緒に仕事をしてきたのですが、僕は技術者派遣で外に出ることなり、それっきり一緒に仕事をすることはなくなりました。

 

先輩は派遣されず社内に残り経験が浅いながら人手不足を理由にプロジェクトリーダーに任命され仕事をしていていたという状況です。

 

そして入ってきた突然の退職の報告。

 

僕は頭が真っ白になったのを覚えています。心配になりすぐに電話をして詳細な話を聞きました。話を聞くと責任の重さに耐えられず退職を決意したとのこと。そうだろうなとは思っていましたが。

 

先輩とは家がとても近かったこともあり直接会って2人で送別会をしました。話を聞きながら「いずれ自分も重圧に潰されることになるだろう」という将来への不安感が強くなり、僕も退職することを決意したのです。

 

もちろん、仕事に充実感ややりがいがあれば重圧に潰されるようなことはないでしょう。しかし、当時の僕は思い描いていた生き方ではありませんでした。

 

20代後半でまだ人生の再スタートができる年齢。ここで人生を転換しないと将来「あのときやっておけば」と後悔するだろうという考えが強くありました。

 

親の願っていた「定年退職まで働く」というのも、ここで終了することになります。これまでの流されるまま生きてきた自分が、はじめて流れに逆らって生きようと決意した瞬間でもありました。

心理カウンセラーになるため独立起業を模索(「脱会社依存」のはじまり)

先輩の退職により会社を辞める決意が固まったのはよいですが、問題はそのあとどうするかでした。多くの人は転職を選ぶので次の就職先を探すための転職活動をはじめるでしょう。僕もそれを考えました。

 

しかし、当時はリーマンショックや東日本大震災のあとで日本全体が沈み込んでいる状況。他の会社に転属したとしても似たり寄ったりになることは容易に想像できたわけです。「脱会社依存」を目指さざるを得ない状況でした。

 

僕はIT企業にいたので転職先の候補となるのは同業のIT企業になります。IT業界の舞台裏は把握していたので間違いなく技術者として派遣されたらい回しにされることは確実です。同じ轍を踏むことは避けたいと思いました。

 

情熱を持って取り組める仕事はなにか自問自答しました。そこでふと思い浮かんだのが

 

心理カウンセラーとして働くこと

 

僕は内向的な性格で自己主張をあまりしないと思われていたからか、悩み相談を受ける機会が多くありました。自分のスキルを活かせるのは心理カウンセラーではないかなと薄々考えていたわけです。

 

心理カウンセラーになると決まったら、具体的にどうするかを突き詰めていくことにしました。そのとき知ったのが「心理カウンセラーは独立起業する道が一般的」ということです。

 

心理カウンセラーは病院や学校などと専属契約をして働く方法もありますが、狭き門のためなかなか就職するのが難しいです。

 

さらに、病院や学校などに就職できる心理カウンセラーは大学で臨床心理士の資格を取得していることが最低ラインになります。無資格の心理カウンセラーは独立起業するしか道がなかったわけです。

 

「脱会社依存が必要」と考えていた僕はこちらしか選択肢がなかったともいえますね。

 

ただ、個人でカウンセリングルームを開業したとしても一筋縄ではいきません。無名のカウンセラーのもとに自然とお客さんがくるはずがないので、集客をしていかなくてはいけません。

 

集客のために広告を打つなどしても効果が出るかどうかは未知数です。それに広告料を別途稼がないと赤字となってしまいます。副収入が欠かせませんでした。

 

心理カウンセラーとして活動しつつ副収入を得ていくにはどうしたらよいか?このときに出会ったのがネットビジネスです。

 

ネットビジネスのなかのアフィリエイトは自動販売機のように仕組みを作ったら自動で収益が発生すると紹介されており「副収入にするならコレだ!」と思いましたね。

 

こうして心理カウンセラーとして独立起業して脱会社依存する道筋が決まってきました。

心理カウンセラー養成講座に通いながらネットビジネスを並行して進める日々

心理カウンセラーになるための資格は必要ありません。病院や学校に就職するためには臨床心理士の資格が最低ラインですが、採用条件であって必須の資格ではありません。

 

心理カウンセラーで有名な心屋仁之助さんは臨床心理士の資格を保有していないでしょう。桃山学院大学には医学部はないですし、佐川急便の営業から心理カウンセラーになっているので畑違いからの転職です。

 

つまり「私は心理カウンセラーです」と名乗れば、心理カウンセラーになれます。

 

しかし、それで仕事が成立するほど生やさしい世界ではありません。日本では心理カウンセリングを受けることが一般的ではなく、受ける人は重度のうつ病患者のようなシビアな人が大多数です。

 

立ち振る舞い方を間違えると取り返しの付かないことになります。心理カウンセラーになるためには専門学校のような場所で学ぶ必要がありました。

 

僕は愛知県民で大都市名古屋の近郊に住んでいます。名古屋まで出たら心理カウンセラー養成講座は複数みつかりました。そのなかで比較的大手の心理カウンセラー養成講座に通うことになります。

 

心理カウンセラー養成講座は週1回で1年間です。通い始めたときには会社を退職して自由の身になっていたので時間は十分にありました。

 

心理カウンセラー養成講座で心理カウンセラーとしての基礎を学びつつネットビジネスのアフィリエイトを並行して進める日々が続きました。

最終的にネットビジネスで独立起業・脱会社依存を目指すことに(方針転換3つの理由)

しばらくは心理カウンセラー養成講座に通いながらアフィリエイトの作業を並行して進める日々が続きましたが、徐々に心理カウンセラーではなくアフィリエイトで生計を立てたいという考えが強くなっていきます。

 

会社を辞めるときには「心理カウンセラーになる」と張り切っていたのに、なぜネットビジネスで独立起業・脱会社依存を目指す方針転換したのか?

 

方針転換となった理由は次の3つです。

  1. 心理カウンセラーの実態が見えてきたこと
  2. アフィリエイト作業の時間のほうが圧倒的に長い
  3. アフィリエイトも心理カウンセリングと同じ

心理カウンセラーの実態が見えてきたこと(自分には向いていない)

一番大きいのは養成講座が進むにつれて心理カウンセラーの実態が見えてきたことです。

 

先ほども触れたように日本では心理カウンセリングを受ける文化が根付いておらず、どうしようもない状態まで追い込まれた人が藁にも縋る思いで訪れる場所になっています。

 

悩み追い込まれている人が訪れるわけですから、カウンセリングに失敗したら最悪の場合クライアント(相談者)が自殺するという可能性もあるのです。その重圧に耐えられる自信がありませんでした。

 

心理カウンセリングではクライアント(相談者)との距離感が大切です。ラポール(信頼関係)を構築するためアプローチはしますが、感情移入するのは御法度となっています。

 

この距離感をうまくとることができないとクライアントのペースに自分が引きずり込まれて共倒れする危険性があるのです。すべて自分で抱え込むタイプの人は向いていないません。

 

養成講座では座学中心ですがカウンセリングの実習も少しありました。
※実技向上のための実習中心講座は別で用意されていた

 

受講生同士の実習だったのですが話の内容がとても重くて、悪い方向に共感してしまい徐々に息苦しくなって終わったときにはヘトヘトな状態になってしまったわけです。

 

「自分は心理カウンセリングできるだけの精神力がない」と悟りました。

アフィリエイト作業の時間のほうが圧倒的に長い

心理カウンセラー養成講座は週に1回です。それに対してアフィリエイトの作業時間は毎日8時間くらいでした。心理カウンセリングの学習時間よりもアフィリエイトの作業時間のほうが圧倒的に長かったのです。

 

そもそもネットビジネスをはじめたのは心理カウンセラーとして働くとしたきに副収入が必須と考えたからです。心理カウンセラー養成講座に通っている間は収入がありませんので、アフィリエイトに割く時間が長くなるのは自然なことでした。

 

僕はネットビジネスで成功できたのは遅咲きで、目安とされている月収10万円を突破するまで15ヶ月もかかっています。養成講座に通っている間はまったく稼ぐことができませんでした。

 

その焦りもあって心理カウンセラーの勉強よりもアフィリエイトに打ち込む時間のほうが長かったのです。

 

養成講座でのカウンセリング実習では「ネットビジネスで稼げなくて困っている」というテーマで相談を持ちかけることが多く、僕自身の悩みの種となっていました。

 

最初は「心理カウンセラーとして働くための副収入としてアフィリエイトをやる」だったのが、いつしか「アフィリエイトで稼げない悩みを心理カウンセラー養成講座で相談」という逆さまになっていたわけですね。

 

こうして「心理カウンセラーになりたい」よりも「ネットビジネスで成功したい」が目標になっていきました。

アフィリエイトも心理カウンセリングと同じ

アフィリエイトに取り組んでいるとアフィリエイトの仕組みが徐々にみえてきます。自分がやりたかったのはアフィリエイトではないかと思い、専業になるろうという方針転換をしたのも事実です。

 

2012年当時のアフィリエイト集客はGoogle検索がメインでした。いまほどSNSや動画が大きな影響力を持っておらずGoogleへの依存度が高かったわけです。

 

アフィリエイトでは悩みキーワードを狙ったりしますね。アフィリエイトも悩みがあってGoogleなどの検索エンジンを使って調べているのですから「悩みを解決していく」という部分では共通していることです。

 

僕が心理カウンセラーに興味を持ったのは悩み相談を受ける機会が多かったからで「悩み相談」に焦点を当てればアフィリエイトでも「自分のやりたいこと」は実現できると考えました。

 

それに心理カウンセリングは「クライアント(相談者)が自殺する」というリスクがあります。その重圧に耐えられず挫折しそうになっていました。

 

アフィリエイトは重度の悩み相談はないためできそうな気がしたのです。

https://oisui-taku.com/kamenbloggers-benefits/

僕は情報商材アフィリエイトでサポート特典を付けています。サポートは悩み相談の解決なのでやりたいことが実現できているわけです。

ちなみに心理カウンセラー養成講座は最後まで受講して修了証をもらいました。36万円もする講座だったのでなにがなんでも修了証をもらいたかったので。

 

心理カウンセラーにはなれていませんが、立ち振る舞いなどはある程度理解できています。ネットビジネスの相談も心理カウンセラー養成講座で学んだことを反映していますのでお気軽にご相談ください。

世間的に「心理カウンセリングは悩みにアドバイスするモノ」と捉えられがちですが、実際はアドバイスをしません。「傾聴」といってひたすら相手の話を聞き、相手に考える機会を与え自分で解決できるように導くのです。

 

僕はアドバイスしてしまいたくなる性格なので「傾聴」も苦手でした。アドバイスをしたいならアフィリエイター(もしくは占い師)のほうが向いているのです。

 

アフィリエイトにしろ僕がいま実践しているブロガーにしろ情報提供して悩み解決の手助けをすることです。必要に応じて商品を紹介して購入してもらえれば報酬が入る仕組みとなっています。

 

アフィリエイター・ブロガーの「悩み解決のための情報を与えた(アドバイスした)うえで商品を紹介して納得したら購入してもらう」の流れは心理カウンセリングと基本的に同じです。アドバイス・商品紹介するかしないかの違いしかありません。

 

僕オイスイのやりたかったことはネットビジネスのアフィリエイトで実現できるとわかったのでネットビジネス専業を目指すことにしました。

オイスイがネットビジネスで独立起業・脱会社依存できるまでの経歴

ネットビジネス専業として生きていく道を選んだのですが、その道のりも決して順風満帆というわけではありませんでした。

 

月収10万円を達成できたのは2014年03月のことで参入してから15ヶ月経過した段階です。次の目安となるのがサラリーマンの平均月収である30万円です。

 

この目安を最初に達成したのは2017年01月で4年2ヶ月も必要としました。

ネットビジネスに参入してから脱会社依存できるまでの経歴は下記の記事にて紹介していますので興味があればご覧いただければと思います。

オイスイのアフィリエイト(ネットビジネス)経歴オイスイです。 ここでは僕オイスイのアフィリエイト(ネットビジネス)経歴について紹介します。僕は2012年にネットビジネス...

 

 

 

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